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私の心の限界が私の世界の限界である

競馬歴の浅い人にこそ読んでほしい『そしてフジノオーは「世界」を飛んだ』の話

障害競走の名馬のうち、引退式を行った馬は4頭いる。1頭は誰でも思い浮かべることができるだろう、昨年で引退したオジュウチョウサンである。

では残りの3頭はというと、
フジノオー
グランドマーチス
バローネターフ

の3頭である。そして本書はこの名誉ある1頭目フジノオーにまつわる物語だ。

フジノオーという競走馬のことを一言で言うならば、「オジュウチョウサン中山大障害を5連覇するはるか前の1960年代に、中山大障害を4連覇していた」という名馬である。そして、本書はフジノオーが当時としては異例中の異例であった海外遠征を敢行し、障害レースの最高峰「グランドナショナル」に挑戦するまでの物語である。

この本を、とりわけここ2~3年、すなわち「海外遠征が当たり前のように行われる時代」であり「障害界の絶対王者としてオジュウチョウサンが君臨していた時代」から競馬を見始めた人たちに強くお勧めしたい。

何よりも本書の刊行は2022年であり、前出の海外遠征で大競走を勝った日本産馬や、オジュウチョウサンのようなハードル王との歴史的な対照が容易であるということだ。
言うに及ばず、フジノオーが海外遠征を敢行した1960年代と現代とでは輸送の困難さに格段の違いがあるのだが、それでも共通していることは「馬は大きな生き物である」ということだ。

当たり前じゃん、と思われるかもしれないが、このことこそが大動物、しかも徹底的に鍛え上げられたアスリートを無事に海外へ運ぶこと、の最大の困難なのだ(その大きさゆえに…というエピソードも挟まれている)。

フジノオーといえば必ず語られる「下総中山駅置き去り事件」の話ももちろんあり、国内競馬における輸送事情の変遷という点も読み取ることができるだろう。

もちろん、フジノオーの活躍についても語られている。そして活躍と重なり合うように中山大障害の歴史、そして日本における障害競走の歴史も紐解かれている。障害競走の本場イギリスに範をとり、それでもイギリスとは全く別の道筋をたどる日本障害競走の歴史をぜひ読んでほしい。この本を読むことで、競馬、とりわけ障害競走をより深く観ることができるだろう。

一番お勧めしたいのは、最後の最後に書かれている文章。なんという素晴らしい締めくくり方だろう、という充実感、競馬と人の歴史を繰るときに味わえる満足感は極上のものだ。

…というわけで、辻谷秋人『そしてフジノオーは「世界」を飛んだ』は競馬初心者にこそオススメしたい、という文章でした。